アイデア・発想の種は日常のかすかな変化に気づくこと

先日の記事では「アイデアのつくり方」という本の書評を書きました。今日は自分が考えるアイデアの種についてです。

結論:アイデアの元は日常生活

いきなり結論を言ってしまいましたが、これに尽きると思います。
昨日の記事の結論は「アイデアは既存のものの組み合わせ」であり、「価値の高いアイデアは分かりやすさと斬新さを兼ね備えている」でした。人間としての日常生活に、分かりやすさ(普遍性)と斬新さ(個性)が盛り込まれていることに気がついたでしょうか。

日常とかけ離れたところでアイデアを構築しようとしても、どうしても日常に引っ張られます。それは、人間が「客観的」になれない生き物といえるからです。

こうかくと、「いや、俺は客観的で公平だ」という方もいらっしゃるかもしれませんが、感情のある人間であれば、必ず生活の中で「私感」がでてきます。更にいうと、生まれてから今日まで、あなたはかなり限定された、自分だけの人生を送ってきたことでしょう。そうなると、完全に何にも支配されない純真無垢な発想は、生まれる前の赤子にしか持ち得ないといえます。

それでいて、人間としての生活や社会生活を送る中で他人との共通項も沢山持っていると思います。つまり、普通に生活しているだけで、十分「個性」と「普遍性」を持っているといえます。これは「人間なら誰しもアイデアを創出できる」ことの裏づけでもあります。

日常の中で「●●が不便だった」「こうすればもっといいのに」という不満があると思います。その不満は人間なら誰しも共感できる面もあり、それをあなたなりの方法で解決したなら立派なアイデアだと思います。

不便だ・不満がある・うれしかった・悲しかったといった、日常の中での浮き沈みは、格好のアイデアの種だと思います。現に、私の書く曲の大半はこうした日常生活に密着したコンセプトのものが多いです。

同じような日々の繰り返しのようで、毎日が昨日と違う。万華鏡のように移り変わっていくこの世界にどれだけ気づけるか、クリエイター活動とはその問いに対する答えでもある気がします。

前職での発想力研修で、「新聞紙を使って、出来るだけ多くの道具を構想してください」という課題がありました。私は自由に発想を広げ、30個以上作りました。他の皆さんは10くらいで挫折されてました。

今思うと、「日常をアイデアに変える力」が、音楽を通じて鍛えられていたからこその結果だったんだなと思います。

普遍性と個性の両立を目指して、アイデアマンを目指したいところです。

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