音楽家と音楽ビジネスについて補足

先日のエントリーのコメントを、折角だから記事で補足しちゃいます。

ミュージシャンをサポートする対価として、音楽権利の一部を譲渡するという音楽ビジネスは尊大かどうか?についてご質問いただきました。私見としては「それを望む音楽家が居るなら良い!」という前向きな気持ちを持っております。

しかし、そのwin-winの関係を保つには、互いが「共存共栄の共同戦線」で「対等たるビジネスパートナー」という認識を維持し続ける必要があります。

例えば、音楽事務所に所属しているプロアーティストを例にとると、「作る側」と「マネジメントする側」という二極の立場があります。この関係性で起こりうるリスクは「作る側が自分一人でのし上がったという妄想を抱き、天狗になる」ことと、「マネジメント側が作る側を生産工場として見てしまう」ことの二通りがまず考えられます。まぁ前者の天狗は「のぼせ上がるな!」で一発KOですし、改善が見られないなら頭冷やせとレイオフするなりの対処ができるでしょう。ここでは後者に的を絞りますね。

私自身の話をしましょう。

私は(音楽関係ではありませんが)技術者であり、制作者です。現場第一線で働く身です。上の例でいう、「作る側」に相当します。私の他に進行管理するディレクターがいます。「マネジメント側」に相当します。

とあるディレクターと仕事のやり方で不協和を起したことがあります。その理由は「エンジニアを私物化するな」でした。

ディレクターさんも悪気があったわけではありませんが、自分のビジネスにのめり込むあまり、アサインされていない案件(全ての案件は、エンジニアアサインというフローを通さないといけない)をしれっと投げてくるようになりました。まるで「スキャナに印刷物を入れて、ボタンぽちっとな」のようなお気軽お手軽な体でした。進行管理せずに「できた?」しか言わない彼。そんなことが続き、自分がモノ扱いされているような気持ちになりました。このままでは作る側とマネジメント側が乖離して大変な事になると思った私は、上司を交えて話し合いを持ちかけ、「仕事の仕方を見直しましょう」と働きかけ、ニューガイドラインを策定し、問題は収束しました。

私のケースでは、上司という訴え先があったから良いものの、事務所所属の音楽家にはそういった駆け込み寺はあるんでしょうか?音楽家も「あー自分、売り上げ生成機になってるよー」なんて思ったら相談する相手はいるんでしょうか。そもそも、そう思わせるような非アサーティブな業務フロー自体が歪んでいる可能性もありますが。

世界が音楽に満たされ、幸せになる。しかし、作り手や運営関係者が幸せでない音楽に、果たしてその力があるのか疑問ですね。

そうならないためにも、音楽家の不満はけ口を予め提供しておくのも一つの手段かもしれませんね。とある会社では「業務日報」がスタッフの不満はけ口になり、あまり目立ったモノは上司が相談にのり、デカイ事件を未然に防ぐというシステムになっているそうです。また、他人の業務日報にコメントを残すことができ、一種の社員SNSの体を為している。同じ会社で同じような仕事をしている者同士、共感しあえる不満というのも多い。

そういったオンラインの不満はけ口サービスがどこかにあったような。。。思い出したら追記します。

音楽家は一年365日休み無く制作にあたって、仕事とプライベートが同化していると言える。なら、不満マネジメントも必要なんじゃないか、と思うわけです。音楽家のための不満投稿サイトなんてあっても面白いかもしれません。コンプライアンスに抵触しそうですが。。。

↑みたいなことを外部サービスにやられて問題を起こす前に、自社で音楽家同士の不満はけ口日報でもなんでも開設して、自分家の庭の中で留めさせて不満も解消、みたいに考えれば、結構良い案じゃないかなーと手前味噌ですが思います。

なんか色々話が膨らんじゃいましたね。まとめなきゃ。。

音楽家も天狗にならないように「●●がうまくいったのは、支えてくれる人のお陰」と考える謙虚さを忘ないほうが円滑に人生歩めるし、周りからの押し上げられて成功も早いかもしれませんね。

マネジメント側も、百歩譲って音楽家を商材扱いしたとしても、商材をぞんざいに扱う業者などプロ意識が問われるでしょう。また、スターは自身の制作物や生き方、発言を持って人を勇気づけたり救ったりする。世界に一人しかいない人間を扱うシビアな仕事だと思った方がいいでしょうね。

ビジネスはwin-winが基本。アサーティブにいきたいところですね。

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